過去編 こた美への両親の対応(第42話)

うつとの闘い

私の母からの提案でこた美(妻)から父へ電話しようとします。

こた美は了承しつつも、自分の気持ちを両親に伝えることに対して、

話を聞いてもらえるか、とても不安に思っています。

その理由を少し過去にさかのぼって紹介します。

こた美に対する両親の対応(過去編)

こた美(妻)が入院する一年前(2021年頃)にも同じようにうつ状態になりそうな時がありました。

2021年7月頃

その時こた美はまだ実家暮らしだったのですが、

毎日の激務で吐き気、頭痛、腹痛、めまいが起きている中、

無理やり職場(学校)へ行っている状態でした。

こた美はついに限界を迎え、義母に

こた美「仕事を休ませてほしい」

と相談したそうです。

しかし、義母からは

義母「休むなら直接学校へ行って謝ってきなさい。」

と言われ、決して休んで良いとは言ってくれませんでした。

こた美は自分で車を運転することが出来なくなっていた為、

義母の運転する車に乗せられて学校へ行きました。

職場へついてパニックになり、職員室で大泣きしたこた美。

養護教諭の先生がすぐに保健室へ連れていき、事情を聞いてくれたそうです。

養護教諭「今日この状態でなぜ学校へ来たの?」

こた美「休みたいって言ったけどお゛、お母さんに行けって言われたあ゛」

泣きながらこれを言ったそうです。

はたから見れば20代後半でこれを言うのはおかしなことだと思いますが、

精神が限界を超えたこた美にとって、これが恥ずかしいこととか何も考えられなかったそうです。

その後すぐに精神病院へ教頭先生と向かいました。

しかし、学校側は事情をあまり把握していなかった為、

義母にも病院へいく連絡をしてしまいました。

連絡を受けた義母も病院へ来てしまいます。

診断室へ入る時にこた美は義母のことも話したかったので、

こた美「お母さんは待合室で待ってて。」

と言ったそうですが、義母は

義母「私も話を聞きます。」

と言って譲りませんでした。

しかたなく妻は義母を診察室へ入れてしまった為、

仕事による体調不良は話せるものの、

隣に義母がいる為、義母に対するしんどさは話すことができませんでした。

病院の先生からは

医者「軽いうつ症状もありそうなので、休むことができるなら休養した方が良いと思うのですが、最終的にはご本人がお決めになってください。」

とのこと。

こた美は仕事を休みたいと言おうとしたそうなのですが、義母が

義母「うつ病でないなら、まだ働くことはできるということですね。」

義母「こた美、働くわよね?」

こた美「はい…」

このやり取りでこた美は結局不安を抑える薬を飲みながら継続して働くことになりました。

またその時義父からは一応アドバイスとして、

義父「私も人間関係や仕事で苦労したことはたくさんある、だからこた美も乗り越えなさい。」と言ったそうです。

私がこの状況なら発狂して家から飛び出すかもしれません。

両親に共通して言えることは、両親が今まで生きてきて得た自分の価値観を妻に押し付けている点です。

自分の人生と他人の人生では、人間性も時代もその人の周り人間関係も様々なものが違います。

自分が乗り越えてきた方法や考えが必ずしもその人にとって良いとは限りません。

そこが理解できていないと良いと思った行動や言動が、

相手を傷つけてしまう結果になることもあります。

みるみる衰弱していくこた美。

私は自分の家に来るように言い、こた美は出ていく準備をしていましたが、

義母に見つかり、逃げることはできませんでした。

私は両親の家に行き、こた美を自分の家で少し療養させたいことを伝えましたが、

両親の言動や行動がこた美にプレッシャーを与えていることを直接言うことはできず、

義父からは

義父「小太郎(私)にそこまで迷惑はかけさせられない。」

と言われ、こた美を連れて帰ることはできませんでした。

心身共に危ない状態でしたが、幸いすぐに夏休みがあったので、

仕事量が減りこの時は何とか気持ちを持ち直すことができていました。

まとめ

過去のやり取りから両親が相手の気持ちを共感するのが苦手で、

こた美が自分の気持ちを両親に話すことに対してとても不安に思う気持ちがわかります。

また私的にはこの時無理矢理にでもこた美を連れ出していれば、うつ病にならなかったのかなぁ

とかいろいろな気持ちが湧いてきますね。

コメント

タイトルとURLをコピーしました