反抗的になったのはお前が原因(第46話)

うつとの闘い

皆さんは結婚した相手の両親から「あなたのせいで自分の娘(息子)が変わった。」

と言われたことはあるでしょうか?

夫婦になればお互い違う価値観がぶつかりあいます。

お互いの価値観がぶつかる中で歩みよりながら、

少しでも夫婦や家族が楽しく生きやすいように調整していく作業が

家庭を作っていくということだと私は思います。

その過程で自分や相手の価値観が変わっていくのは当然だとおもうのですが、

両親からすれば自分の娘や息子はいつまでも変わらないものと思っている人もいるのかもしれませんね。

義父との電話再び

夜の9時過ぎに義母が家を出ていき、義父がそのあとを追いかけに行くため電話は途切れました。

そして10時過ぎくらいに義父が義母を家へ連れて帰ってきました。

義父から再び私の携帯電話がかかってきました。

義父「今(義母)は別の部屋で休んでいる。」

再び義父と私、妻の3人での話し合いが始まりました。

義父「私の思いとしては(義母)と(こた美)が直接話をしてほしい。」

義父「(義母)の精神状態がどんどん悪くなっている。一度だけでいいので義母と会って話をしてほしい。」

妻「今は会いたくない。(義母)と話すのが怖い。」

義父「自分の母親なんだから、(こた美)の気持ちをしっかり受け止めてくれるから大丈夫。」

妻「信用できない。今の(義母)の状態で話が聞けるとは思えない。

私「今は(義母)の状態も(妻)の状態も良くはないので、落ち着いたら話しましょう。」

平行線をたどり、義父も義母の状態をみて余裕がないのか、無理やりにでも会わせたいので、お互いに引くことはありませんでした。

義父からの一言

お互いに一歩も引かないやり取りの中、ついに父から私へきあの一言が放たれました。

義父「今回ここまで話がこじれてしまっているのは、(こた美)を見てもらっている(私)には申し訳ないのだが、すべて(私)が原因になっている。

義父「(私)が(こた美)の言うことを何でも、そうだね。と肯定し続ける限り問題が先送りにされてしまう。現状として居心地の良い避難場所になっている。」

とのこと。

私は怒りのような諦めのような、

私「もう義父とも話をしても意味がないな」

と思った瞬間でした。

ブチギレる妻

そして義父が私に対して放った一言を聞いた瞬間、妻の声がいきなり変わりました。

こた美「(私)は関係ないでしょ!私が今母さんに会いたくないって言ってるだけでしょう!」

そう言い放つとこた美は私が持っていた携帯を取り上げ、通話終了のボタンを押してしまいました。

私は「え?」と思いつつも、これ以上義父と何を話せばよいのかわからなかったので、内心ほっとしました。

電話を切った後もこた美は「許せない!」と感情をむき出しにしていたので、

ここまで親に対してこた美が怒っている所をみたことがなかったので、かなり驚きました。

その後義父からのラインがきました。

義父「(私)が(こた美)をすべて肯定して突き放すことをしなかったことが今回こじれた原因で、

  すぐに(こた美)と(義母)が会っていれば修復に向かうことができた。」

義父「どんな状況であれ母親と娘が会って話をすれば親子なんだからちゃんと修復はできる。」

義父「(私)にも(こた美)にも強くなって欲しい。」

とのこと。

それに対して私は

私「今回(こた美)が(義母)と話し合いを拒否したのは私という居場所ができたからだと思います、

 今まで(こた美)は(義母)を怒らせないように自分が傷ついても良いから我慢して(義母)の思い

 を受け止めていました。」

私「今までのやり方を良しと(義父)が思っていたなら(こた美)は30年間我慢し続けていたことに

  なります。家族の関係を修復するには時間と労力がとてもかかるもので、感情的に(義母)と

  (こた美)がぶつかり合ってもこの辛さは一時の感情で解決するわけではありません。」

私「修復するにはまず(義父)が(義母)のしんどさに寄り添って、(義母)の頑張りをたくさん

  褒めることです。(義母)のしんどい気持ちを受け止められるのは、(義父)しかいません。」

私「(義母)と(こた美)の気持ちが落ち着いたら連携していきましょう。」

とかなり感情的になっている部分もありますが、自分の思いを伝えました。

しかし、義父に伝わることはなく平行線のまま話は終わりました。

私たちと義父母との溝

こた美が病気になる前までは義母がパン教室の先生なので自宅でピザを作らせてもらったり、

義父はヨットを持っていたので、一緒にクルージングをするなど比較的良い関係を築けていたように思います。

そう思うとここまで義父母との溝が深まるとは思いませんでした。

仕事の同僚にこた美の看病を一人でしていることを伝えると、

「両親は手伝ってくれないの?」とか「両親と早く仲直りしないと」という言葉を言われたことがありましたが、

心が締め付けられる気持ちになってしまいますね。

2年半経った現在もまだまだ闘病中なので、義父母と話す気力、体力は私もこた美もありませんが、

うつ病の症状が治まってきたら、義父母との今後の関係について考えられたらと思っています。

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